「里山は新しい暮らしへの希望」

-身の丈に合った暮らしへのステージへ-

 

―ウクライナから二本松市へ、平和あっての生活―

 ロシアのウクライナ侵略によって多くの命が奪われ、500万人ものウクライナ人が避難している。このような侵略戦争はあってはならない。憲法9条を持つ国として非軍事の支援こそ求められている。さらにチェルノブイリ原発事故と福島第一原発事故という同じ原発事故の被災地としてなにか支援はできないか。

二本松市の放射線アドバイザーの木村真三先生(独協医大)を通じて4月5日に二本松市東和地区にウクライナの首都キーウ(キエフ)から避難してきたのはウクライナ人のルバン・オリガさん(34才)だ。僕が5年前に木村先生とチェルノブイリ視察に行ったときに通訳をしてくれた、キーウ剣道連盟の指導者の教え子がオリガさんというご縁だ。身の危険を感じながらポーランド経由で日本に来た。

オリガさんは道の駅ふくしま東和の近くの農家のおばあさんの隣にある空き家で日本での生活を始めた。
日本語の勉強も始めている。
4月13日には僕の畑でジャガイモの植え付けにきてくれた。畑でのオリガさんは伸び伸びと穏やかな素敵な表情を見せてくれた。「じゃがいもはやったことがあるの。ウクライナにいる両親も畑があって私も農作業が好きです」と言う。

オリガさんは今、お世話になっているおばあさんの畑を借りて野菜づくりと花づくりを始めている。土を耕し野菜をつくる、花をつくる、農業に国境はないとあらためて感じている。「二本松市を第2のふるさとにしたい」というオリガさんの畑の野菜は夏には収穫をして販売できるように応援したい。

じゃがいもを植えるオリガさん


―里山での農業女子スタート―

 11年前に福島県三春町から関西に避難していた本多陽子さん(37才)が3月から二本松市東和地区に定住して農業研修に励んでいる。僕の家から2キロのところのオレンジ色の住宅の空き家だ。今は野菜農家で苗づくりの仕事をしている。素敵な竹の籠もつくっている。「東和地区のような里山には山菜も竹もあり、料理も楽しいです。早く野菜づくりを覚えていきたいです」と話す。

このオレンジハウスに4月から同居(シェアハウス)しているのは福島大学院のヤカブ・ギッタさん(ハンガリーから留学)だ。昨年は僕の田植えや稲刈り、トマト収穫にも来た。修士論文は地域づくりや過疎問題をテーマにしている。
先日、一緒にタラの芽、わらび、たけのこを採った。はじめての経験だ。
「里山は宝の山ですね。鳥の声を聞いたり、山桜や菜の花が咲いたり、こんな田舎が好きです」と日本語で話す。


―東京から家族で移住―

東京都足立区から家族で東和地区に5月から移住するのは安部安則さんだ。 定年を機会に本人が病気のこと(狭心症)もありコロナ禍の東京から脱出したくて妻と息子さん(32才)でやってくる。昨年から僕の親戚の空き家を紹介し、やっと改修工事になった。
県外から福島県に移住すると150万円の空き家リフォーム助成がある。さらに二本松市にも50万円の助成があり、この制度を活用している。

「息子が農業をやりたいと言っています。東京での前の仕事は人間関係でうまくいかなかったのです。農業は自分らしくできると考えたようです」
先月は東和地区での新規就農お試しツアーにも参加しました。
最初は畑を見つけたり、機械をそろえたりと大変かもしれませんが、ここ東和地区には30人以上の新規就農者がいます。相談相手が多くいます。
畑をやりながらアルバイトをしたり、道の駅で働いたり、みんな自分らしく生きています。

 田んぼがあり、畑があり、山があり、米も野菜も山菜もそして薪ストーブなど自給できる暮らしが里山にはあります。なにより支え合う人と人との暮らしがあります。
原発事故から11年、身の丈にあった暮らしと仕事の次のステージに向かっていきたいものです。


福島県二本松市東和地区 菅野正寿(農業)

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